日記 五十九の巻
4月 第4週水曜 体感温度10℃以下の雨の中、一緒に出掛けたがらない母を家で待たせ、返却日を迎えた本とともにバスで図書館に向かう
★★図書館から借りて来た、「ジュリスト 3月号 特集 宇宙ビジネスの最近動向」をパラパラめくる。
4月 第4週土曜 日差したっぷりなのに、肌寒い午前中、母の手を引き、地元では流行っている「パン屋」まで散歩して、朝食を取る
★1日の中で、数時間は「子供がえり」するようになった、おいしそうにパンをほおばっている母の顔を見たら、なぜか、小学1年生の頃、炊事をしながら「国語の教科書」に出てくる漢字を片っ端から書かされたことや夕食後「シロップ」を餌に「時計の計算」の練習をさせられたシーンが突然、よみがえった。
★「タロサックの海外生活ダイアリー」をだらだら観たあと、たまっていた「ニュースで学ぶ現代英語」の録音を聴く。
4月 第5週日曜 『教科書ガイド』を使うのは「良くない」と言われたり、授業中、開くときに机の下でセンセに見えんように開く人多かったりするのに、ネットで「同じ問題」を探して答えや解説を手に入れたり、AIに答えを教えてもらったりするのは、なぜそこまで「悪い」とは感じないのか
★「定期テスト」が近づいてきて、ちょっと焦りだしとる中学生もおるかな。それとも、『テストはGW明けだから』って浮かれとる人も多いかもしれんな。ま、called「第一回定期テスト」(と言われるもの)は、新学年度が始まって、4月、5月と授業数も少ないし、「テスト範囲」も「狭い」ので、油断してても「点数取っちゃうヤツは取るし」、確かに「まだ、失敗しても最初の1回目」の「テスト」っちゃあ「テスト」ではある。
★ところで、自分ら、『定期テスト』で準備が薄くなる教科は何?
・「数学~!できなくて分かんないから」
→いやいやちゃうやろ。この時期、もし、習っとる単元が、各学年「正負の数」「文字式」の延長の内容(多項式・展開公式・因数分解を含む)やとしたら、や。ワイ、宿題になっとる「学校のワーク」の「文章題」は、答えを写してテスト前に提出することはいったん目をつぶるわ。代わりに、まず、テスト範囲の教科書の「例題・問題」5回(いわゆる受験用語で言うと『5周』な)解いてから、『ワーク』のできる問題をこなしておくんや。そうすれば、それなりの「準備」にはなるやろ。今回、5周しとけば、自分、「数学の神様」がお情けでちょびっと「センス」を分けてくれるかもやで。そうなれば、次回の範囲は『3周』で理解でけるようになるチャンスやで。とにかく、ワークの「答え」写す前に、「教科書の例題・類題」や。この範囲が分からんと、高校でも「数学きらい」「数学苦手」のままやで。
・「じゃあ、理科。ホンマ、実験とかしかやってないのに、その計算問題とかやるなんてヒキョウで意味分りません」
→なるほどな。ところで、中学のガッコのセンセ、わざわざテスト前に(場合によっては何問かここから出すでって)「プリント配布」してくれとらん?自分の塾に来とった生徒は、ほぼ全員、答え付きの『白い教科書準拠』の『プリント』もらっとったで。実験結果の「どこ」が大事で「どんな計算問題」が出るか、そのプリントコピーして何周か解けば、少しは分かってくるで。学校の「職員室」が『テスト前生徒出禁』であれば、塾のセンセに聞いたらええねん。ま、塾のセンセに聞く前に「学校配布のワーク」の「一問一答」ぐらいはできるようにしといた方がええけどな。理科は、「その実験・観察の結果から分かること」→「条件を変えた時」の数値化や説明を「できる、できない」で差がつく教科なんよ。
・「オレは社会が嫌いですぅ、あんなもん覚える気ぃになりません」
→そうやなぁ。昔は、「教科書の音読・丸暗記」って言うてたセンセ多かったけど(今でも大学入試の記述にはY社の教科書を覚えるのが大流行中よな…記述の文字数を少なくするのにとってもええんやって)、今や「教科書が読めない子供たち」が多い時代やからな(教科書の「音読」なんて、社会で関係ないやろ、と保護者の方は思うかもやけど、実際、読ませるとスゴイで。つっかかるだけ、誤読や行とばしなんかだけやのうて、主語がわからん、小学校低学年で習う主述の関係がつかめん、係り受けが分からん生徒けっこうおる、これって『読解以前』の問題やで)。
そうはいっても、塾の『過去問だけ』『対策授業だけ』で済ますわけにもいかんしな。とりま、『ガッコのノート』や『ガッコのセンセのレジュメ(プリント)』を見ながら自分がセンセになって好きな子に教えるつもりで(センセのものまねでもええねんけど)、 例えば「日本の姿」や「縄文時代」なんかの「授業をしてみる」ことや。友達と一緒にやるとより楽しいけどな。騒音にならない程度に部屋で声張り上げて(ワイは、ぶつぶつつぶやくより、大きな声の方が覚えが良かったで…ちなみに友達は、TV見ながら、CM中に教科書音読しとったで)、親に『変なヤツ』と思われてもええやん。
その後、「学校配布のワーク」の『一問一答』→「地図や資料付きの問題」と進んでみたらええよ。ここまでくれば、「当たる・当たらない」じゃのうて「分かる」問題も出てくるはずや。
★とにかく「理科」「社会」は「塾」の「対策授業」だけでは、時間が足りひん。確かに、ワークの「答え」、『写す』だけで「できちゃう」人もおるで。でも、そんなヒト、クラスに1人、いても2人いればええ方や。「苦手」な教科であれば、真似しても成果は望めんで。
「ピアノ」や「体操」なんかと一緒で「弾けるまで」「できるまで」の「practice」の組み立てが大切や。そのためには、誰もが嫌がる、「繰り返し」が必要になってくる。
★自分の『勉強法』持っとる人は、それでええんやで。ただ、テスト前にあわてて「提出用ワーク」の解答写して、塾の「対策授業」だけ頼って真剣に受けても、うまくいかん場合も多いんや。「対策授業」は回数が決まっとるし、授業の「ノリ」や「心地よいスピード感」で「デキる気」になってまう生徒も多い。そういう人は、自分で勉強することとしてこんなこともあるよ、っちゅうことや。参考にしてみてや。
★通常『定期テスト』は、学校・クラス平均点にもよるけど、「6割」から「7割」程度は取っておかんと、「高校入試」の勉強でも苦労することになる。「推薦」を狙うにも、「内申」が大事やろ。「1点」でも多く点数をgetしといた方がええよな。
★「個別」の授業で目の前に生徒がいる状態なら、次々と「クイズ形式」で確認でけるんやけどな。「‐5×(‐15)はいくつやったっけ、さっきやったよな。じゃ、5×(-6)は?」「縄文土器の特徴はなんやったっけ」「密度って何?どうやって出すの」「日本の初代総理大臣は?漢字で書ける?」…
★以上、やり方が分からないから何もせえへんと主張する『No勉君・No勉ちゃん』に、トリマ、やってみたらええ、っちゅうことを「数学」「理科」「社会」について、ほんの一部やけど、載せてみたで。
★「竹立塾」では、中学生だけでのうて、高校生も、テスト前の「授業」で、「ワイと一緒にワーク」を解いて「序奏(助走)」をつけて『ええ成績』取っとったで。
・最初、「センセ、一緒にワーク解いて」って言われたとき、『オマエ、甘えトンノカイ』って思とったけど、ちゃうかったねん。エンジンかかったら、「新幹線並み」の走行速度で「問題」解きだすんやわ。そうなると、ワイは、「間違った問題」の「チェック」と「解説」、「手が止まった」ときの「ヒント」だけしとけばええ状態や。始めるきっかけさえあれば、『自走(自学)』しやすなるんやろね。家では、その環境が整わないのかもしれん。
★次回は、国語、英語やと思う?書いてみようとは思っとるんやけどな、色々な問題が横たわっててちょっと考え中やねん。
◎『国語の答え』って「文科省」が求める「教育現場としての、ある意味、理想的な答えなんよね。逆に、こんな答え、中学や高校で答えにしてええ訳ないよね、っていうのは、そもそも「ダメ」ってことよね(例えば、「ダイバーシティー」ということで、ある意味、自己中の人を増やす恐れがあると考えます」とか、「私は、都会に住んでいるので、ふるさとの訛りとか分からないし、ダッサイと思います」とかアカンよな)。
・でも、だからといって「あらすじ」や「主張」だけ押さえて、設問の答え「丸暗記」すればええ、なんてことにはならんよな。こんなん、教えても「国語」の授業なんて言えへんのんちゃう?
・「文章」って、「小説的文章」であれ、「説明的文章」であれ、授業や研究、試験でなければ、本来、「好きなように」に読んで、生徒「個人個人」がそれこそ「自由」に別々の感想や意見を持ってもええと思うんやけど(次の文章を読んで後の問いに答えなさい、ちゅう場合は「自由に読んでええ」っちゅうことにならんで。書いとる人の「伝えたいこと」を受け取るようによまなアカン…ところで、教科書には単元の先頭にそんなこと書いてあったっけ?先生が「国語」っちゅう「教科」の「中」での「読み方」自体を生徒に最初に説明してあげた方がええんやないの…そもそも『登場人物』じゃないのにその気持ちになることが簡単なことではない場合もあるやろ)。「教科指導書」の「理想の解答」と生徒の考え、けっこうズレてることあるんで。その中には、「えっ、そうかあ」って考えさせられる答えもあるんよな~。
・ま、そもそも「教科書」読んでない(読まない・読めない)生徒も多いし…覚えてても、おそらく授業中、自分が指されて読んだとことか、好きな女子が指されて読んだとこしか覚えてないのが生徒っちゅうもんやろ。読んでもいない生徒に、例えば「何が書いてあるの」「このときのAの心情は」「筆者は戦争についてどのような考えを持っていると考えられるか」って聞くの、ムチャクチャやと思わん?自分、『音読』と「精読」って授業、学校で「時間」作った方がええと思うで。
◎『英語』は、小学校まで、楽しい会話中心の「授業」やったのに、中学では、この先の大学入試を見据えて「読むための文法・必要な単語の暗記」に変わってしもうてる、ちゅう大問題を抱えている(多分、図書館で見た教育雑誌の4月号の表紙にもそんな感じのこと書いたったような気ぃがするねんけどな…なにせ最新号は館内閲覧のみで借りられんからな)。結局、世間で「コミュニケーション」のための「英会話、英会話」っちゅうてても、「東大」「京大」はそれだけじゃ受からないし…。え、そこまでは望んでいない? でも、目指すところが、英語で書かれた「新聞」や「小説」「論文」に目を通せる、それに対して自分の「意見」や「感想」を言い合えるレベルとなれば、自然、「文法」が、「読解」が、ってなってくるよな。
・他にも「英語」の「定期テスト」では、決して難しくはないけど「教科書外(公立高校入試問題など)」から「長文」や「会話」の問題が出題されることも多いんよね。中3にになると、「高校入試」に近い出題形式の「定期テスト」を作成する学校もある。テスト範囲の教科書を「隅から隅まで」覚えても「丸暗記しただけ」では点数を取れん恐れもあるのよね。ま、それでも自分は、教科書は「読み(音読を含む)書き」が基本で、それがデキた方が断然その後の勉強に有利やと思っとるけどな。
★さて、どうしたもんかな。ま、自分の勉強法は紹介でけるけど、けっこう独特やからなぁ…。
★あ、そうそう、タイトルは(今回は?俗にいう)「釣り」ではないんよ(ま、日記としてのその日の様子や雰囲気をタイトルにしてしまっとる場合も多いんで…それも日記よな…気にいなる人も、そこは堪忍な)。
・自分、小学4年生の時に、国語の「教科書ガイド」に書いたることがどうしても納得できんかった。だから、自分の意見を「授業」でぶつけたんよね。スゴイセンセやったわ。最後まで、生徒の考え「否定」せえへんかった。生徒同士、1週間、ある意味、国語の授業をつぶして、生徒同士、意見を言い合って(小学生やから交換ではなかったような気がするわ)整理して、検討して「キミはそう思うねんな。そう思う人もけっこうおるね」「でも、別の意見も一応、言いたいことは理解できるよな」って。
・「ガイド」って答えを「見る」ためだけにあるんとっちゃう、とオレは思とるねん。「自分の考え」との差異を知ったり、「疑問」を調べたり、「解き方」の違いに気づいたりするのに役立つこともあるねんで。「別解」のアプローチや考え方がオモロイのは何も「数学」や「英作文」だけやない。「訳」や「現代語訳」「要約」だけ見るんじゃ「高価な参考書」としてはもったいなさすぎるで。
・最後まで、「ここはキミの解釈はちょっと変わってるね」って言わずに、授業で真剣に討論させてくれたF先生に今も感謝しとる。先生、ホンマにありがとう。


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