日記 八十二の巻
7月 第2週月曜 優勝候補「ブラジル」ワールドカップを去る…スウェーデン、キーパー一本目のPKを止め、チームの士気を高める、異次元のボール回しと支配率、「戦術」ハーランド、見事に決まる
★平成の中盤から「教科書を読む」「問題を解く」など、「学ぶ」という場面において、「途中で簡単にあきらめる」「答えを先生や質問箱などにすぐに聞く(答えを見るのでもなく調べるのでもなく)子供たちが増えたと感じる。「解き方」「勉強の仕方」を教わる「テイ」をしながら、実際に欲しいのは「答えそのもの」なのだ。
★さらに、「令和」に入り、「おいしいとこどり」ではなく、必要なとこだけ手に入れる、見るという「切り抜き」が時代が訪れた。
★今回、「ワールドカップ」を見るにあたり、自分は「録画」ではなく、必ず「ライブ」を選択している。なぜかというと、ここ数年、自分が、本読んだり音楽を聴いたりする際、「集中力」がない、「最後まで読みきる」「聴ききる」力が衰えてきた、と感じているからだ。
★いや、正直、「衰えている」なんていうものではない。恐ろしいことに、明らかに「できなくなってきてる」のだ。
★自分が「字」の練習を始めたのも、もう一度、手で「意識的」に字を書きたい、という思ももちろんあった(払いやはね、長い縦棒などは、手の感覚と筆のスピードでだいぶ印象が変わり、途中の太さのバランスが崩れることがある)のだが、同時に、昔の「集中力」を取り戻したい、という気持ちもあったからだ。
★最近、「オールドメディア」への厳しい批判が続いている。
・確かに「情報」に関して、偏った報道はいただけない。しかし、そうはいっても、「メディア」だって、「視聴者」が興味がある、求めていたという面もあったからこそ、「今だとコンプラ違反だよね」というような「番組」を作成してきたのは間違いない。「視聴率命」の時代だったのだから。
★「ブラウン管(古い表現になってしまうが…嫌なら画面)」の中は「仮想世界」みたいなことを、ずいぶん昔、だれかが言っていたような記憶もある。
★話が横にそれた。自分が「ワールドカップ」を「ライブ」でやっているチャンネルに合わせるのは、「せめて自分が見たい」試合だけでも、「最初から」「最後まで」通して、その「瞬間」「瞬間」を「大切に」楽しみたい、と思うからだ。
★うまくいえないが、自分の中では「後で観ればいい、録ってあるから」ではよくない、いやダメなのだ。自分の場合、その考えを持った瞬間、「見ない」でたまっていってしまう「確率」がぐんと上がる。
★自分の好きな「アーティスト」や、「オーケストラ」を生で聞いたり、「TV」で「コンサート」や「スポーツの試合」などを放送時間に合わせて見る。
・そこには、見逃すと二度と見られない、「ライブor映像」が「貴重」だ、という「昭和」の思いや感覚がある。それは、「子供の頃」あった「特別」な小説を「徹夜しても読むのが止まらないワクワク」や楽譜(スコア)を何度見直しても、弾き直しても「新しい発見」に出会う時間とも似ている。どうしても今じゃなくては、いや、今しかないんだ、という全身を駆け抜ける強い「衝動」。
・歳を重ねるごとに、薄くなってきている「こだわり」や「しつこさ」を取り戻したい。若い頃の自分が体の中にいつまでもいて欲しい。あの頃しか味わえなかった感覚をもう一度、という切実な願い。
・昔、父親に、「試合の結果」と「いいところ」は後で「ニュース」でやるから、それを見ればいい、と言われた。が、自分は、TVの放送終了後も「ラジオ」の「野球中継」にかじりついていた。次の展開が気になって気になって仕方がない。TV「中継」の時間は、「CM」がいつ終わるかわからない、「投手」が交代すると、いつ「プレー」がかかるかとハラハラして「トイレ」も我慢して見ていたものだ。
・「好きなこと」「興味があること」は誰でも集中しやすいし夢中で取り組む、でも、「嫌いなこと」「やらなくてはならないこと」はどうだろう。人間、例えば、「逃げてばかり」もいられないことも、時にはあるのではないだろうか。
・「TV」でなくてもいい。いや、TVの話だけをしたいのではない。好きな番組でも、嫌いな番組でも、「一つの番組」を通して観ることは、「好きな教科」を集中して「勉強」をすることにちょっとだけ、似てはいないか。
・学校で、嫌いな授業を「50分間」我慢して(嫌いな授業で50分、集中なんかしてるヤツは、まずいない)座っているだけでは、何も得られないし、「無駄な時間」になってしまう。
・でも、例えば、だれしも、たまたま、つけた番組を見ているうちに魅き込まれ、いつの間にか最後まで見てしまうことだって実際あるだろう。
・東大生が勉強場所を選ばず、最初は「リビング」で「英単語」の暗記を何となくはじめ、ノッテきたところで、部屋で「集中」して「数学」や「英語」の勉強をするというような話も、けっこうよく聞く話だ。
・「集中」や「興味」への「きっかけ」は意外なところにも存在するのだ。
★前にも書いたことがあるが、ぜひ、ゲーム感覚で、「親子」で国語の「教科書」を一作品、「英語」の「教科書」を「1課」通して「音読」してみて欲しい。
・「声」を出して読むということで、どれだけ「集中力」が必要とされるのか、「ひとつの課題」を「飽きず」に「最後」まで読み切る「力」が自分にはあるのか否か、2人の読むリズムも大切だ…実際に、やってみると、いろいろな発見とともに、自分に何が足りていないものを痛感させられることになる(少なくとも、生徒と一緒に毎年夏休み「こころ」を一冊、音読したり、定期テストの前、仕上げに英語の教科書を生徒に読ませていた自分はそう感じることが多々あった…生徒への課題の発見だけではなく、自分自身の改善点もその都度見つかる…)。何よりも、一緒に読めば、絶対に生徒は読む前よりもうまくなるし、音読を怖がらなくなる(もちろん、指摘と注意の仕方には工夫が必要)。
・「一作品」「英文のかたまり」を最後まで、だ。
・どうせ、「TOEIC」や「大学入試」のために、この先、「まとまった文」を読んで理解しなくてはいけないのなら、「早期教育」が大好きな日本人であるならば、「日本語」が読めない状態で「英語」なんて読めないよ、と思っている人ならば、「教科書なんて簡単だ」と思っているのなら、なおさらのこと、読んでみて欲しい。そして、ついでに「数学の計算問題」や「公立高校入試問題の大問1」を5分で何題解けるかも、時間を計ってやってみて欲しい…。
・「ダルがって読みもせず」「計算を面倒がってしない」状態で、「読むのが遅い」「計算ミスが多い」と言っているようでは、「塾」に通っても、その成果が出るまでには時間がかかる。というよりは、「入試」に「間に合わない」ケースにつながる恐れがある。
★話を「ワールドカップ」に戻す。TVで「世界」のトップクラスの「サッカー選手」の動きを「90分’(とりあえず、延長、PKをのぞいておく)」間、試合という「実践形式」を通して目で触れることは、サッカーをしている子供にとっては「勉強」にもなるだろうし、そこから「感動」や「勇気」をもらうことにもなるだろう。「憧れ」だけではなく「目標」を持つ絶好の機会になるかもしれない。どの「世界」でも「一流の所作」を学ぶ、ということは大切だ。
・令和型の「そんな切り抜きだけで判断なんかできないでしょ」という紋切型の攻撃には、「全体を俯瞰する」「全体をくまなく調べる」のが一番の対抗手段、「全文」に目を通すはかなり「有効」な手段になりうるだろう。
★「やっぱり、ライブはいいね」「TVはいいね」と言う人がいる限り、「フェス」や「スポーツ」「野外ライブ」や「TV」でのその中継という世界はまだまだ大きな「可能性」がある世界だ、と自分は思う。
・例えば、「アーティスト」のコンサートに直接行った場合と「TV」で同時中継で「ライヴ」を観る場合と、「DVD」や「配信」でいつでも見られる場合では、まだ、今の時代でも、多くの人が「違いがある」と感じられるのではないだろうか。「YouTube」でも人気の「ライヴ」があるぐらいだし。
・完全に余談だが、もう一つだけ。「ラジオ」の話にはなるが…かえすがえす、「NHK第2ラジオ」の終了が残念だ。これで「中学生の勉強室」の復活の夢は絶えた。番組終了後も、「高校入試」に関しては、夏休みに「国数英」の「特別番組」をやっていた時期もあった。時代に逆行しようと、合っていなかろうと…ぜひ、現代の「トップクラス」「代表」と言われる「教諭」の授業を拝聴したかった(やはり、コロナの時期が最後のチャンスだったか…)…予備校講師の講義は「YouTube」でもある程度は確認できる。
★いよいよ、「夏期講習」の時期がやってくる。「夏期講習」の前に、自分の「苦手」なところをしっかりと復習しておこう。「定期テスト」で間違えた問題とその周辺をさらっておくだけでも、ちがう。何もすることを思いつかないのであれば、苦手分野を復習しよう。「英語」は「ワーク」の付録の「並べかえ」の冊子を、「数学」は教科書の「例題」「問題」を、国語は、それこそ、「音読」と「漢字・語句」の復習をしてみてはいかが。
・「夏期講習」のスピードは、キミが思ったより速い。初日のテキスト配布が終わってしまえば、「授業」と「宿題」に追われることにいなる。テキストは全部終わらないのが普通だ。だからこそ、その前に、少しでも自分の苦手分野をカバーしておきたい。
・「講習中」は「宿題」は必ずこなして、分からない問題は、「解けるまで」復習が基本。
・通っている「塾」で、ぜひ、自分の力をためて、「2学期」をむかえて欲しい。
・『この塾で講習を受ける』と決めたら「夏期講習中」は「自分には合っていない」「思ったような先生じゃなかった」「テキストがなあ」なんて「泣き言を言わず」「途中であきらめない」ことだ。終わるまでは、ベタな表現ではあるが、とにかく「やってみる」「食らいつく」こと。
・「得意教科」であっても、教えてくれることの中に知らないことはあるはず、「苦手教科」であっても、デキそうな問題は必ずあるものだ。一日、1つでも2つでも、「学ぶこと」や「身に着けられること」があれば、それこそが成長だ。
・もし、得意教科で授業が「かんたんだ」と思うのであれば、授業中、余裕のある時に、「テキスト」を先回りして、全部解いてしまえばよい。テキストしか使わない塾であれば、宿題も授業中に済ませられる。
★『自分にはデキ(そうも)ないから…』なんて弱音は吐かないこと。「恋愛」が勇気を持って声をかけなければ始まらないように、「点数」も自分から頭で考えて手を動かさなければ変わらない。この夏、自分の行動で、未来を変えようと決意した受験生がその可能性のある塾で勉強することを自分は心から願う。
〈追記〉今回、「日本」のワールドカップの「戦い方」が「スウェーデン」の監督やエースストライカーに「絶賛」されている。しかし、それを、すぐに自分のチームに取り入れると同時に、自分たちのチームの特徴を生かす形にまで「昇華」し「実践」で「結果」を出せる、「スウェーデン」のサッカーのレベルの高さと成熟度、それを信じて前にで続ける「勇気」は、本当に「すごい」し「尊敬」に値する。今回のワールドカップでは、「自国のスタイル」を貫くチームが多い中、一発勝負の「トーナメント」の怖さや難しさが明暗を分ける展開が多いような気がする。4年後の「日本代表」の成長を楽しみに今回は、筆をおく。しかし、「モロッコ」、やっぱり強いね。


ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません