日記 六十九の巻
5月 第4週月曜 集団授業でこれだけ人気のある先生が教えるんだから、個別で教われば絶対点数が上がるはず、の落とし穴
〈ある日の授業前の講師室で〉
「センセ、ちょっとええですか」
振り向くと、最近、生徒に人気のある講師「Z絵」が右手に10枚以上のプリントを持って立っていた。
「ん」
「ウチ今日、高校生の個別の授業あんねん」
「おう、Z絵、今日『個別デビュー』の日やな、最近、集団の方の「授業」大人気やん、気張って行けよ」
「それはええんやけど、ちょっと、相談に乗って欲しいねん」
「え?(オレも、この後、国立大志望の生徒、個別で抱えてて、準備でメッチャ忙しいんやけど…まだ、本文1行も読んでないし…なぜか、今日、先生1:生徒3で全員別の英語の長文問題やし…)」
「ちょっと、これ、見て欲しいんやけど…」
「おう、今日は、定期テスト対策か。Z絵、ちゃんと『タイムテーブル』も自作の『対策プリント』も用意しとるやんけ」
「いやいや、絶対にこのタイムテーブル通りにことは運ばんと思うねん。A君て、『私立◇●高校』の子やろ。今日は2人とも『古文』なんやけど…」
「あ、ソイツ、古文、メッチャヤバいで。一緒に「音読」して「説明」かましてからじゃないとアカンレベルやわ。まず、この作ったプリントの1枚目、2枚目のプリントの「古語の確認」「古典文法の演習問題」だけでおそらく2時間かかるで。授業の時間を考えると、この3枚目のプリントで『あらすじ』と同時に重要語句を同時に確認させて、文法とホンマによく出る問題を1,2問だけ教えて終わらせた方がええかも…」
「え?ヤバない?」
机の上の今日の「個別」の時間割を確認する。
「えっとな、もう一人は『都立〇●高校』のB君か。どっちか明日本番(テスト当日)なん?」
ごそごそメモを取りだすZ絵。
「明日、テストなんはB君や。B君はどんな子」
「ちょっと待てよ。確かけっこう古文は『デケる』子やったような…」
机の引き出しを開け、高校生の生徒に関する情報のファイルをさがす。B君は「現文」も「古文」「漢文」も、定期テストではコンスタントに8割以上取っている。
「B君は古文はまずまずや。今の感じやと、B君の方は、まとめ中心か演習中心になるわな。解くスピードが速ければギリ終わるかな」
「古文が得意教科なら演習中心、苦手なら古語や内容のまとめとちょこっと文法でってこと?」
「おう、もし、時間内でまとめるんやったら、Z絵の作ったこの6枚目と7枚目のプリントがええんちゃうか」
「センセが作り方教えてくれたプリントね。本文の総合的なまとめのやつね。語句や現代語訳の穴埋め、でそうな文法問題や読解問題の確認ができるやつ」
「おう、Z絵、このプリント、ようでけとるで。おれが欲しいぐらいやわ。けっこう時間かかったやろ」
「だってセンセ、個別は、授業中、集団授業とちがって何が起こるか分らん、どんな質問が飛んでくるかわからんから、準備が200%大切って言うてたやん」
「ま、とにかくええプリントや。自分はヒント言っただけやからな…それはそうと、おそらく、A君にかなり『かまう』ことになるな。テスト範囲は広いんか」
「まだ、A君の方は範囲、全部出てないねん」
「う~ん。なあ、Z絵、めんどうと思うけど、A君の学校は、多分、古文のセンセ、プリント出しとる、と思うねん。授業前にA君に連絡とって、学校のプリント持ってきてもろたほうがええで」
「分かった。それによっては、学校のプリントの復習でいくか、対応する範囲、自作のプリントでいくか切りかえる、ってことやろ」
「そうや。せっかく考えて作ったプリントやけどな…学校のプリントの確認が必要なら、そっちにするか…」
そうとう、悩んでいたんやろな。少し、誰かと話すことで、気もちが落ちついたようで、Z絵はどこかで買ってきたらしき「タピオカミクティー」にストローをさす。
「あのな、センセに聞いても教えてくれんかも、やけど、こういうとき、どうしたらええの」
「え?こういうとき?」
「今日の授業、A君にかかりきりになる確率、高いやんか。センセ、1(先生):2(生徒)の授業って、平等に教えるのって至難の業や、って研修の時、いってたやん。2人とも、演習45分して、片方に解説45分なんてきれいな授業なんてできへんよって」
「そうやなぁ」
天井を見ながら大きく息をつく。時計の音だけが、しばらく講師室に響く。
「Z絵、ちょっと、この話は『オフレコ』にしておいて欲しいんやけどな」
「うん」
「自分、金が欲しくてこの世界の入ったんやないんよ」
「センセの授業受けてたから、それはよく分かる。センセ、貧乏やもんな、前の塾で『室長』なのにボンビーって呼ばれてたんやろ」
「いや、Z絵、それ…ちょっと。ま、いいわ。でも、結局、お金もらって授業をしとるわけやん」
「うん」
「だから、できるだけ生徒に『満足』って思ってもらえる授業を考えてすることに決めてるんや。こんだけ生徒に信頼されてるように見えるけど、落とした生徒もいれば、叱られて嫌な思いをさせた生徒もおるんよ」
「それって、でも先生のせいじゃないよね」
「でもな、結果が出んかったとき、まだ、デキることあったんやないかな、って絶対に思うが講師なんよ」
「うん」
「で、授業のことやけどな、A君とB君がな、今まで以上の点数を取れるような『結果』を出すには、Z絵、どうしたらええと思う」
再び、時計の音が大きく講師室に響きだす。Z絵の飲みかけの「タピオカ」の氷はすでに溶けて、容器のまわりは水たまりのように広がっている。
「センセ、今日は、A君の席とB君の席を離して授業したいと思うんやけど」
「おう」
「A君は手取り足取りやないと、点数が出ないし、明日テストのB君はまとめか演習中心、演習で間違えたとこを説明するんがええと思うんよね」
「そんで?」
「B君には、来た時に、自分がB君に点数を取って欲しいこと、一番点数が取れる授業をするために今日はこうするよ、って伝える。A君には、しっかり『音読』からやるから、今回は今までで一番ええ点数を取って欲しい、って言ってみる」
「分かった、それでOKや。B君の方は、本人が希望すれば、延長してもええよ。明日テストやからな。納得するまで、説明してやったらええ。他の先生にも話は通しておくわ(っちゅうか、クレームが来た時はワイが処理をするわけやからな)」
「ウチ、頑張ります」
「オウ、点数上げてやってな」
なんか、カッコええな~、勝負師の顔やな、Z絵。
【編集後記】
※結果、B君は「古文」は満点に一歩届かなかったが、高得点をマークした。A君も普段は「赤点」ぎりぎりの点数やったけど、今回は「6割」近くの点数を取ってきた。もちろん「Z絵」の株も上がった。
★私見だが、古文は、「音読」によって、「音」から意味や「言葉」が分かったり、「漢字」が浮かんでくることだけではなく、「だれ」が言ったのか、省略なを見抜くヒントになることももある。
★特に「1(先生):2(生徒)」の「個別指導」では、研修の際は、「二人とも平等」になるように「教えよ」と言われるのが普通である。「接する態度」「接する時間」「その生徒一人一人に合わせた解法や説明」「ひいきにならないような言葉遣い」…
★しかし、教室では『片方が音読は要らない状態である』「片方が計算問題や例題の解説は必要ない状態である』『片方が演習問題を解く時間が長い生徒である』『片方が突然反抗的な態度をとる』『突然、塾の教える予定内容以外の質問を受ける』などは日常茶飯事だ。
・こうなると、なかなか「授業を受ける」という点で(特に保護者の方々に)「時間的」な「平等(感)」は得られにくいのが分かっていただけると思う(90分授業であれば、1人45分ずつ時間的に平等に見るということ、あるいは、二人ともきっちり45分演習、45分解説のように見ること)。
・授業自体も、2人分同時進行ということで、時間内に収まらないケースが度々発生する。今は違うかもしれないが、塾の理由で「延長」した場合は、通常、「講師給」は発生するがご家庭への「負担」はかからない。「延長授業」は、次の授業を控えている先生はできないし、2人のうち、1人だけ延長授業を受けた場合「ひいき」と言わることもある。「実際の授業」の先生と「延長授業」の先生が異なる場合もある。いずれの場合も、保護者から「クレーム」が生じる恐れがある。
・同じ学年、同じ学校、同じ範囲、実力が同じような生徒の場合は、唯一、比較的うまく行くケースと考えられなくもないが…自分は個別指導する際、一度もそんな状況になったことがない。
★前にも書いたが、生徒が、教科書を「読んでいない」、内容を「知らない」状態で受ける「対策授業」の効果は「個別」であってもかなり薄い(高校生の「文系教科」の場合は特に)。このことは、保護者の方には、ぜひ知っておいていただきたい。
・『学校の授業はちゃんと受けていますか』と言う塾の先生の質問に、受講教科の「ノート」を塾に持ってこられない、資料を塾に持ってこられないような状態の場合は、すでに「黄色信号」が「点灯状態」なのでご注意を!(あまり、大きな声では言えないが、『授業を受けたい』と言っていただけるのであれば、点数を取るためにも、「受ける」準備をして臨んで欲しい、と思うのが講師の本音)
★塾によっては、一人用のしきりのある『個別ブース』での勉強が可能な「塾」もある。が、生徒が「集中」していないこともあるし(生徒によっては閉塞感があると訴える子もおるし)、講師の方だって1年中「絶好調」で教えるってわけにはいかない。時には「計算」を間違ったり、「字」が分からんくなったりもする(特に講習では、1日10時間近く授業する場合もあるしな…ホンマ、最後は『気合』でのうで『気力』やで)。
★講師がけっこう「困る」のは、塾の「授業」中、学校の授業の宿題を聞かれた場合。ま、2、3分で答えられるならええけど…。その科目のセンセが複数いる塾の場合は、「今、授業中なんで」と「他の先生」に『質問を投げる』こともできるかもしれんけど(これも、ある意味、無責任ちゅうたら無責任やけどな)。
・けど、解き方が違ったり、記述の表現の違い(英作文なども含む)などがある場合を含め、後で『間違い』を教えた、『ウソ』を教えたと言われるケースにつながる場合がある(ワイも実際に東京都の私立小学校3年生の家庭教師をしているときに言われたことがある)。
・前にも書いたが、「個別」は「学生講師」が担当していることも多いし、いちいち、どんな質問に対して、どのように答えたかなどを「専任講師」や「社員の講師」に相談や報告をしていない場合もあるので、問題が発生すると、保護者との関係が、こじれる場合もあるんよね(若い講師は、自分と生徒の関係さえ良好であれば問題ない、と思っている人も多いが)。
★以上、「あれはダメだ」「こうしろ、ああしろ」って言うのも「上司」として場面によっちゃあ、アリなんやけど…今回は、相談してきたんが「元教え子」やったし、『対話』しながら、少しでも、「生徒」の点数を伸ばすために、授業しやすくした話を書いてみた、っちゅう回でした。


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