日記 四十五の巻
2月 第一週土曜 連日晴れ渡る冬空の下、やがて来るドカ雪の不安が高まる中、図書館で借りて来た本の印刷された紙の感触を楽しむ
▶板橋区に住んでいた頃は、ずいぶんと図書館のお世話になった。辞書や専門書、全集、地域の文献、各社の新聞などもあり、便利である。買わなくて済む本も見つかる。
▶借りて来た2冊のうち「ショパンの装飾音 ジョン・ピートリー・ダン著 高橋隆二訳」は、「部分楽譜」が多数掲載されており、飾りの音を拍の「前打音」にするか「拍と同時に演奏するか」、山場の最高音がある場合の「修飾音」の役割と演奏の仕方、バッハの「修飾音」のちがいなどが説明されている。ピアノ学習者だけではなく、他の楽器でこの曲をどのように演奏したらよいか、ピアノのように弾くためには、どのような知識が必要かを教えてくれる一冊である。
▶こういう本を読むと、必ず、自分が最後のレッスンで(自分の専門の楽器はピアノではないが)演奏後、師匠が「竹立君のバッハだね」と言ってくれたことを思い出す。「君は良いソリストになれるかもよ」と言われた時よりも数百倍もうれしかった(たとえそれがリップサービスであっても)ことを覚えている。この2つの言葉は、50代半ばで急逝した我が師匠(自分の死期を予見しており、その直前まで楽器を弾き、弟子たちの指導をした)からいただいた言葉だが、今も自分の宝物である。
▶テレビでは、ある歌手の曲を別の歌手が歌う場合「カバー cover」と言う言葉が使われることがしばしばある。
▶原曲やその曲の背景、歌詞の内容を理解し、まるで、その曲を歌っている歌手の気持ちや表現を理解し、でも、その歌手の個性も十分伝わるようなゴイスーな歌手が画面に登場することがある。そんな、カバーされた「歌」を聴いたときに、「おー、うまいな~」と思う。その曲をものにし、完全に自分の曲として表現できる、でも、その原曲を大切にし、もともと誰が歌っている「曲」かもまたすぐ分かる…。
▶指揮者やオケ、ソリストが違えば、「解釈」が違う。作曲家、楽譜が同じでも、出てくる「音」は「人」やオケの「アイデンティティ」によって違うのだ。それが。クラシック音楽の一つの面白さなのではないだろうか。当然、作曲家はそんな風に演奏されるとは思っていなかった、なんてことが起こることもあるだろう。まるで、共通テストの問題を、作者は自分の作品なのに解けないが、編集者は満点を取れるなんてことが起こるように。「曲」をうまく「演奏できる」ことが曲の「完成」ではない…。
▶ある人たちは「音楽」は世界共通の「言語」だという。そして「数学」も「数学得意ジャン」たちにとっては「世界共通言語(言葉)」にちがいない。ひょっとしたら、「数学苦手ジャンs」の中で「現文苦手ジャンs」の受験生たちにとっては、「現文」は「ロシア語」みたいに感じるのかもしれない…。言葉に「文法」や「語彙」があるように、当然、「解く」「演奏する」ために、「数学」にも「音楽」にも「四則」「音階・調性」や「公式」「理論」「演奏法」が存在する。
▶ショパンの「連符」や「修飾音」に関しては、解釈が複数あり、曲によって演奏法が違う場合もある。この本の内容を知っておくことは、某音大入試のピアノ科の「リズム調音」や打楽器科の「初見演奏」、副科ピアノの「課題曲」などにも応用が効く。詳細は省くが、単純なトリルの記号がついた付点四分音符(長さ四分音符一拍半の音符)でもショパンの曲では「3連符‐3連符‐三十二分音符」、つまり「3:3:4」に分け、「3(タリラ)‐3(ラリラ)‐4(リラリラ)」と演奏することがある。
▶「Time is money.」の時代においては、「ルール」や「演奏法」を誰から、どのように無駄なく学ぶかが大切だ。だが、ある程度、理解ができるものに関しては、自分で時間をかけてそれらを比べてみることも大切だと思う。そこで学んだものは一生の財産になる。
▶しかし、現在住んでいるところで、この本を借りられるとは思わなかった。Amasonで、この本の値段は、現在、¥7,247である。余談だが、久しぶりに、出雲博樹先生の「英文法」の参考書を読もうと思ったら、こちらは、¥14,700だった!!まあ、かといって参考書を近くの図書館で探すのは絶望的である。
▶2冊目に借りた本は、「高橋源一郎 さようなら、ギャングたち 講談社文芸文庫」。久しぶりにページをめくる。
▶第一部は、「中島みゆきソング・ブック」を求めて。
❑昔々、人々は、みな名前を持っていた。そして、その名前は親によってつけられたものだと言われている。(13p冒頭から引用)
それから人々は自分で自分の名前をつけるようになった…(14p2行目から引用)
古い名前は役人たちが、役所の裏の川にどんどん放り込んだ(14p9行目から引用)
人々が自分でつけた名前には変なものが多かった…(15p14行目から引用)
名前をつけた本人とつけられた名前が喧嘩するのはしょっちゅうで…殺し合うようになることさえあった(15p最後2行より引用)
わたしたちが「死」に慣れっこになったのはその頃だ。(16p1行目より引用)
▶さて、ここで、いきなり問1である。
・人々が名前をつけるのに熱中し、古い名前が虐げられ、変な名前が名前が出てくるようになる…その後…毎日、人間と「名前」の死体を満載した8トントラックがコンボイを組んで高速道路を走るようになる(16p4行目5行目)とある。
◆問1 16 p1行目「私たちが死に慣れっこになったのはその頃からだ」とはどういうことを表すか。説明しなさい。
▶ぜひ、考えてみていただきたい。問1、問2の解答・解説はここでは避ける。いつか気が向いたら自分の答えを紹介するかもしれないが…。ぜひ、ご自分の答え探しの旅に出てみて欲しい。
・この後、恋人たちが自分たちの名前をつける、という話が展開される。カップルの男女にはもともと名前がない。名前を親からつけてもらうのも、自分でつけるのも嫌だった…しかし、やがて、愛する人を何と呼んでよいかという壁にぶつかる。そして、愛する相手を呼ぶときに、名前がないのが不便だということに気づく。そこで二人はお互いに互いの名前を何と呼ぶかを決めることにする…。
◆ここで、問2である。「名前」とは、「アイデンティティ」に係る大きな問題だと出題者は考えている。「文庫 さよなら、ギャングたち」13p~20pを読んで、「名前」とは何であると考えられるか、考えて400字以内で答えなさい。
▶本棚にこの本がある方、この記事を読んで、再び、この本を読みたくなった方はぜひ、図書館で借りて、読んでみていただきたい。問2に関しては一冊読み終えた場合と13p~20pだけ読んだ場合と解答が変わる方もいらっしゃる、と思う。
▶最近、「夫婦別姓」が男女平等や社会的利便性という視点で語られている一面が強いように思われる。ぜひ、この機会に、受験生の皆さんも、「名前」について考えていただきたい。大学入試や英検などの英作文を考えてみてもよいと思う。結構力がつくと思う。前に書いた時は、「子供の意見」から「夫婦別姓」という「名前の使用の仕方」について、今、まだ時期的に「不十分」であるという意見を紹介した。
▶いよいよ、明日は投開票日。
▶消費税>夫婦別姓、過半数獲得>支持率が目玉の選挙??である。北海道はいわゆる「中道」が強い地区だ。もちろん、「選挙」の投票会場には足を運ぶつもりだが…。果たしてこの大小関係は正しいのか否か。選挙後、証明はされるのだろうか。
▶久しぶりの投稿となってしまった。お待ちいただいていた方には大変申し訳なく思う。母の具合もあまりよくなく、自分も持病と闘いながらの生活でなかなか厳しい状態である。下手な関西弁も出てこない状態だ。
▶問1、問2で、われこそは、と思われる解答があれば、ぜひコメントでお知らせいただければ、と思う。
▶最後に…不定期になりますが、掲載は続けたいと思います。どきどきのぞいていたただければ励みになります。では。



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