日記 十三の巻
11月第5週 水曜 数学苦手系のひがみ、嫉妬…「アイツどうしてこんなん数学できるの?」①
…文系でも数学がムッチャできるやつおるよね。でも一般的に国語や英語が得意教科(文系)の自分らが、理系科目の授業よりも「現文」や「英語」の授業がまだ耐えられるように、「数学得意ジャン」たちは、文型科目よりも「数学」「理科系」の授業の方が苦痛なく受けられる…
「オマエ数学が得意ジャン」な人に「これ、教えて」って聞いて、一瞬で「こうやん」と答えを出され、解き方聞いてもさっぱりわからんかったことない?ま、聞いた手前、納得いかんくても「ありがとう」って形で終わるんやけど…。
「オマエ数学得意ジャン」…「うらやましいよな」っていうより、ホンマ、嫉妬するよな、ときどき「オマエ、宇宙人かよ」ってなる。場合によってはむっちゃ腹立つよな~。「アイツだけ、何でできんねん」って。
じゃあ、そいつに一歩でも近づくためには、何が必要やと思う?
今、定期テスト平均点以下、常連さんの中学生の自分、入試前にムッチャ苦労すんで~。なんせ、中学校の内申「3」は、平均点にもよるけど、「30点前後」~「75点位」までと幅広いんや。もし、今、自分が「30点前後」だとすると、入試本番の点数、かなりヤバいで。
「遺伝、遺伝、母ちゃんも、数学ぜんぜんやった」なんて言うとる場合ちゃうで。
そのために必要な第一歩、なんやと思う?
それは…簡単なことや。「計算力や」 なに?聞いて、損した?
ちょっと我慢して聞いたってな。あのな、「入塾」の「面談」の時にな、たいてい親と一緒にキミら来るよな。その時、中学生の10人に7人ぐらいのお母さんがこう言いきるねん。「ウチの子、計算と漢字だけはできます」って。
はっきり言うな、前も言うたけど、中学生が計算でける、って塾講師にとっては、「習った範囲の私立の入試問題が解ける」、または、せめて「定期テストの計算問題」は「早とちり」以外はほぼ全問正解ってことや。「漢字」については、中学生なら「漢検準2級」レベル、もしくは、定期テストで漢字はいつも全問正解って感覚なんや。自分、「正負の数」「文字式」の教科書の章末問題に載っとる「計算」、全部解ける???
でもな、「オマエ数学が得意ジャン」よりも「正確」で「速い」、「計算の工夫」もできる計算力を手に入れるのは、むっちゃ大変なことなんよ。
なんで「計算」が大切かっていうと、「数学苦手ジャン」たちは、計算自体が「嫌い」、「遅い」人多いわけよね。「長い計算」「少数・分数」が出てちょっと複雑になると「勘」でとか「何となく」とか言いながら、すぐに「あきらめガチ」や。
「計算」ってやらんと、遅いままやし、「暗算」デキるものもいつまでも筆算しがちや。でも、親も自分の子信じてるし、塾では、「自分、計算と漢字だけはできるんです」っていう生徒メッチャ多いやんか。
「17×17」って6秒ぐらいで答え出る?、暗算でもええし、筆算してもええよ。
こういうの、デキない生徒に限って「応用題が大切」とか言うて、模試で計算間違うても、入試直前まで練習せえへんまま本番を迎えることが多い。
もちろん、筆算でもOKや、「17×7」の計算の下に1行ずらして17を書いて足すだけや。逆に、「17×10」を先に計算して「17×7」を足す? (20-3)2を計算してもいいで。別に「15×15」の答えが分かっているんやったら、(15+2)2でもいい。(10+7)2も有力よな。インド式計算法でもええし、20までの九九を覚えているのであればそのまま答えを書けばええし、もちろん暗算でもええよ。
実はな、小学校で6年生までに習う「整数」「分数」「少数」の「四則計算」や「比例・反比例」の考え方は、高校、大学入試まで使うものなんや。高校の「生物」「化学」では、ぼんぼん少数が出てくるし、「理科の公式」は、比例・反比例の考え方が分かれば解き方が変わってくるもんもある。「ホイルシャルル」「濃度計算」「状態方程式」「モル計算」…。
「100マス計算」が流行るのも「計算」の重要性からや。小学校で学ぶ「四則計算」がしっかりしてないと、「正負の数」でぐちゃぐちゃになってまうで。逆に計算が身についていれば、「-”マイナス”のルール」をマスターするだけで問題はかなり解決するんや。
できればやけどな、「数学がデキるジャン」たちをうらやましがる時間があるんやったら、「正確」で「速い」「計算力」を磨いて武器にした方が得やで。「数学がデキるジャン」たちって、「暗算」の間違いや「勘違い」による誤答が結構あるんや。「数学苦手ジャン」なキミが、より「正確」に「速く」計算ができるようにれば、1問だけでも「数学デキるジャン」たちより楽に速く答えにたどりつくかもしれん。
それが、「数学」に対する自信の一歩もになるきっかけになることもある、自分はそう思うし、そういうふうになることを願って1問1問教えてきたんや。
今、教室はたたんでしまったけど、「竹立塾」の授業時間は、「90分」。せめて、この「90分」の個別授業に集中して、「やらなきゃ」なことをなるべく済ませてまおう、「家で勉強するの嫌ならこの90分は集中や」と生徒に言ってきた。
間違えば、やり直す時間が必要になる。一発で決めるためには「集中力」も必要や。「数学的思考」を意識できる生徒はええよ。どこで間違えたか、考え直すことも苦にしない子が多いから。
でも、「数学苦手ジャン」な子たちが、分からない問題の答えを聞いて解答を写す、きれいにノートを書いても、本番、自力で解けず、「あのとき、習ったのにな~」「時間がなくてできませんでした」ってことになりかねん。あまり言いたくないねんけど、人生は「時間」との勝負せなアカン場面が多い。「正確」に「速く」を意識することは、計算以外でも、ノートを取る時でも、解答を書くときでも、生活でも意外と大切なんや。
「0.02÷0.6」という計算を「割り算の筆算でするか」「分数のかけ算に直して筆算するか」「暗算で計算するか」…入試本番であれば解答に自分がたどりつける一番間違えにくくて速い方法でええ。ひょっとしたら、小数点を無視すれば、なんとなく「三分の一」という答えが浮かぶ人もいるだろうね。逆に、ガチガチの文系なら、なんで100倍してから計算すんねん、とすねてしまうヤツもおるやろ。
自分は「分数」で解説することが多いんやけど(理由は2つ、①割り算は、計算途中でかけ算、引き算を繰り返すため、間違う生徒が多いこと、②暗算をしても、時間がかかる場合があるし、結局筆算で見直さなければならない場合も出てくるから)…でも、お勧めは分数なんて言わん。ただ、自分がせめてうらやましいと思う数学が得意な人と同じスピードで答えが出せると…合格を引き寄せることにつながるんちゃうかな。
入試前になると、授業後、必ず、「センセ、計算問題ください」ちゅう生徒が講師室に出現すんねんな。「はいはい、あげるよ~」っていう若手の講師が言うの、何度も聞いたで。でもな、もし、自分に息子や娘がおったら、絶対にいかせへんで、その塾には。
なぜか?それは「学校でもらった数学の教科書の巻末に練習問題が載っとる」からや…一昔前の話かも知れんが、TVで東大生のインタビューをしとったんや。彼ら、なんて言っとったと思う?とりあえず、高校で、配られた教科書に関してはざっと家で最初の授業が始まる前に目を通してました、って言っとたで。
自分の持っとる教科書、全部読む人、すべての問題解く人、ノートにまとめる人、英訳和訳、現代語訳、自主的にする人、ある意味でスゴイで。ホンマに尊敬するわ。
教科書は「役に立たん」と言うのは自由やと思うけど、その教科書すらできひん人、分からん人、おるんちゃう?「数1A」の教科書、章末問題、巻末問題全部デケる?高2の「コミュニケーション英語」の教科書、全文和訳、英作でけるか、ということなると、学校や塾のセンセでも、ちょっと怪しい人おるんちゃうんかな。
話を数学に戻すで。
例えば、「PV=nRT」という式がある。「数学が得意ジャン」は普通、この式を比例・反比例の関係ととらえることができる。
・この時、例えば「nRT」を「数字が変わらないものとして(n×T×Rのかけ算の結果が常に変わらないもの=定数)」かたまりと考えた場合、
「PV=nTR」→さっき言ったように、nTRを掛け算の結果が常に変わらない「定数」と考えてみる
→すると「PV=定数」と表すことができる。これは、xy=aという反比例の式と同し形だ。つまり、「P」と「V」は反比例の関係。
・例えば、PV=8というように、仮に、今「PV=定数」の定数部分を「8」とすれば、PとVかけて「8」になる組み合わせが答えとなる。自然数という条件で答えの組み合わせを調べると。1×8=8、2×4=8、4×2=8、8×1=8。(P, V)=(1,8),(2,4),(4,2),(8,1)と考えることができる。
長くなったんで、いったん終わりにするけど、「数学が得意ジャン」な人をうらやむぐらいなら、「数学が得意ジャン」な人が考えなくても分かってしまう「思考」を手に入れ、そこを自分で考えられるよう努力した方が得やと思うで。自分はその1歩が「確実な計算力」と「比例・反比例の理解」やと思うんよ。どの教科も「解き方の丸暗記」は限界があるんよ。
自分、「一次関数」は苦手やったけど、なぜか、中3の時、無茶苦茶「二次関数」はできたんや。高校で「数ⅠA」は赤点取ったこともあるけど、「微分・積分」は苦労したことないんよ。数学は「積み重ね」の勉強、教えてもらう先生の腕とも言われる。けど、「数学が得意な人が分かってるのに、苦手なが自分が理解できない(例えば4STEPの途中式がなぜ、次にこうなるのか分からないなど)」部分に着目して自分なりにそれをマスターしていくこともかなり有効やないんかな、と思う。
いよいよ、12月、受験生、本番力を発揮できるように準備せえよ、
お節介御免。
11月第5週 木曜 「主人公の気持ちになって考える」ってでける?
「数学的思考」についてのYouTubeを観る。前回紹介した新井紀子と永野裕之(敬称略)の対談形式。結構、おもろかったんやけど‥「あらゆることを数値化する」「主観を捨てる」という言葉を聞き、しばらく画面を止めて考えることになってもうた。
実際に「カノジョやカレシに今日のあなたのやさしさは50点」と言われたとき、それは「その点数は何を持って50点なのか」、「問題解決」に臨む際、個人個人が「それぞれ思考する」ということは、どこかで必ずその個々の「主観」がからむのでは、と思ったからだ。
もちろん、解き方を知り、その経験から組み合わせたり、新しい解き方を発見したり、試行錯誤したりながら「問題を解決」する「数学的思考」は身に着けた方が人生においても得なのは言うまでもない…。
時間をかけて考えるのが面倒だし、「夢」の中でも悩みそうだったんで、今度お二人の書籍を読んで勉強するということで、話題を変えてごまかすことにする。
「主観」といえば、国語の「物語・小説系」の「心情問題(どんな気持ちか答えよ)」という問題を解いていたときの小学校の先生の言葉がよみがえる。「登場人物の気持ちになって考えなさい」と何度も教えられた。よけいなお世話である。もちろん、うまくその問われている登場人物と「シンクロ」できればよいが、全く自分の経験や立場、環境が違う登場人物の、「気持ち」を分かるところまではなかなかいかない。いや、いけない。例えば、一人っ子の自分は、子供の頃、「お姉さん」や「兄」「弟」の気持ち、なかなか理解できないことがあった。
小4の頃、タイトルは忘れたが、いわゆる「教科指導書」「教科書ガイド」の解説に「授業中」徹底的に逆らった記憶がある。もちろん、自分なりの考えがあってのことだ。ええセンセでしっかりとクラスで議論してくれはった。
中1で習う、「少年の日の思い出(ヘルマンヘッセ)」ちゅうのがあるやんか。「罪悪感」「取り返しのつかない気持ち」ちゅうのが「答え」やとわかっていても、国語の答えとしては、「後半」だけで「〇」にはならん。「答え」には説明の「言葉」が前に必要や。誰に対する「罪悪感」であり、「何をしたことへの取り返しのつかない気持ちなのか」。
例えば、「彼女に対して悪く思う気持ち」だけだったら、気持ち悪ない?「え?なんで?」って思うよな。例えば、「別の女の子とデートしてしまい、彼女に悪い気持ち」と説明があれば一応答えとしては成り立つよな。
自分、そういう経験から「心情を問われる問題」を解くとき、「気持ちの変化を表す言葉」だけをさがすのではなく、「T(Time)P(Place)O(Occasion)」を分析するようになったんや。
・「走れメロス」という中2の教科書に載っている太宰治の物語の最後に、「フィロストラトス」という人物が唐突に登場する。彼はいったい何者なのか。中学校2年生にとっては、このいきなり登場した「フィロストラトス」は、物語の最後の5行と同じぐらい「なぞ」だろう。彼の位置づけは、メロスが王城に刻限までにつかなければ、処刑されてしまう「セリヌンティウス(石工)」の弟子である。
・ここで、TPOを書き出してみる。
時(T):日没の直前、セリヌンティウスの処刑が迫っているとき
場所(P):町のはずれ
場面(O):夕刻、メロスの親友、セリヌンティウスが処刑される約束の刻限に間に合うか、間に合わないか、メロスが最後の力を振り絞り、刑場へと必死に走り続けている場面。
→これを考えると、まあ、メロスにとってフィロストラトスは明らかに邪魔な存在なわけやね。忙しいとこに、声かけられて…。しかも、結構しつこい。そして、師匠が処刑されるかも、ってときに、弟子は、そばにおらず、町はずれにおる、コイツ、なんやねん、って。今までのメロスだったら、「ぐだぐだ言わずに、俺といっしょに来い」って言いそうじゃん。セリフを読むと、別にメロスを励ましに来たわけでもなさそうやし。
→そんなフィロストラトスを振り切って、メロスは最後まで走り続ける。
この部分、解釈はいろいろあるし、定期テストのためなら、学校の先生の説明通りでもちろんOKや。
ネットでは、フィロストラトスのことを薄情者、悪いやっちゃと取る解釈もあるし、メロスの意志の強さを際立たせる存在と、主張する学者さんもおるようや。確かに、考えようによっては、今までとは違い「もう、どんな誘惑にも負けずに自分の信念を貫くメロス」を描いているととらえることもできるよな…ただし、今までのメロスは、「もう一人の自分、心の中の”悪魔のささやき”」の誘惑、鼻歌を歌って歩いたり、昼寝をしてもうたりしている、ちゅうようにも読める。が、他人に言われたぐらいで、自分のスタイルを崩さないのがメロス。だとすると、フィロストラトスのここでの意味は…。
まあ、これを最後の「邪魔(障害)」ととらえられんこともない。メロスの妹の結婚式からの帰り道、自然の驚異や山賊の襲来など「約束」を守るのを「邪魔」するような出来事が起こる。
では、これを最後の「障害」ととらえた場合…。まあ、いい。ここはいろいろ言ってまうと長くなるし、そもそもオモロなくなる。作者の手を離れた作品は、「読者」にゆだねられるわけやからな。
ただ、「又吉先生」も「YouTube」でおっしゃっているように、「走れメロス」は、メロス自身も心の揺れ、例えば、時折、もう一人の自分;“悪魔のささやき” や “人間の魔が差す瞬間” ”時々自己中になる瞬間” がようけ出てくる物語。ここを、中学生のみんなも、「確かに人間には、基本的な性格ちゅうもんはあるが、時に場面によって心が揺れる」ことを意識して読むとオモロいと思うで。普段は優しいカノジョであっても、場面によっては、「オニ」になってまうこともあるわけやろ。それが人間ちゅうことや。
「どんな気持ちですか」って質問された時に、「その登場人物の気持ちになれん場合」、いったん、「時間」「場所」「場面」で整理してみるのは、結構有効な手段なので、使ってみてね。
「ラストのシーン」5行も難しいよね。「メロスが全裸だったこと」や「マントの色の意味」など「TPO」やそれ以前に「同じ『全裸』という言葉が出ている部分」や「関連」部分をさがして、分析し、自分なりの答えを、学校の先生や塾の先生にぶつけてみるのも、オモロイんやないかな?
そうそう、この際だから、オマケよね。「教科書」や「入試」で選ばれる「物語」って「AからBへ変わる」って形が一つの代表例なんよね。この物語でも、王様を中心に考えると、メロスたちの行動によって王様の心(残虐、孤独、人間不信)などが「人を信じ」「人に心を開き仲間をつくる」ように変化している、って考えることもできるよな。「物語・小説系」の文章は、「気持ちの変化」「TPO」の変化に注目して読むのも一つのコツやで。
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