日記 四十八の巻
2月 第三週水曜 挑戦する気持ちを前面にリンクを縦横無尽に彩どったフィギュアスケートショート1位、雪に消えた「金メダル」へのスキー大ジャンプ…
★「遅刻せずに、たんたんと毎日やるべきことを積みか重ねていくことが大事」というような言葉がTVから流れてくる。
・選手たちは、4年に一度の祭典に、強い決意を持って毎日準備し、全力を注いでこの舞台に立つに違いない。
・「演技」がそれを「物語る」からこそ人の心に響く。
・ラスト1周、最後のジャンプ、最後の跳躍、最後のターン、競技が、演技が終わるまであきらめない、死力を尽くす。全力で楽しむ。それぞれの気持ちが画面から伝わってくる。
・国を背負うという気持ちが大きい選手たちは当然プレッシャーを感じているし、若手の選手たちは、この晴れの舞台で自分のすべてを出し切りたいと思っていることだろう。「ショート」の演技で、日本の若手の女子フィギュア選手はまさに思いのままに銀盤を舞った。
★元日本ハムの栗山監督の言葉ではないが、同じプロ同士でも相手が強ければ「普通にシーズン通して戦ったら負け越す」のは間違いないだろう。「でも、短期決戦ならどうか。勝てる可能性が1%あるということは、100回やったら1回勝てるということではないか」…。
・「オリンピック」は一種の「短期決戦」だ、と自分は思う。だから、世界に名を知られる選手がメダルに手が届かないこともあれば、出場機会を得た初出場の選手がメダルを手にすることもある。
・体調を突然崩す、思いがけない怪我、規定違反、体重調整、天候、緊張での体のこわばり、ほんの少しの心の油断によるミス…本番は、どこで何が起こるか、分からない。
・女子パシュートでは「スピードスケート」の「強豪オランダ」相手に、日本選手は「見せ」に「魅せ」てくれた。途中、タイムをひっくり返し、最後の1周に入る。そして…わずか「0.11秒」とどかず、決勝を逃した。選手の思いは計り知れない。これだけの戦いをしたのだ、その後の試合、「銅メダル」は選手たちが持っている思いをそのまま氷上に伝えられれば「get」できた、というと言い過ぎだろうか。
・「フィギュアスケート ペア」は、「ショート5位」からの逆転となった。「世界歴代最高得点」そして「金メダル」。ショートの後の涙、涙、涙。今年のチームジャパンの支えがあり、そして、その状況で今年の「ミラノ・コルティナ」の舞台だからこそ、彼らが「ミラクルな演技」を起こせた、と言えるのではないだろうか。「ペア」という存在のあり方にも注目だ。相性はもちろん、相手の短所を認めながらもそれを「プラス」に変える、なんて、まさに「ダイバーシティ」の在り方の一つ、なんじゃないやろか。
★「オリンピックは特別なんだ」とよく選手は言う。
・満身創痍のスノーボーダーの選手が、ひざの感覚がほとんどないままハーフパイプのスタート地点に立つ。もう、「連覇」どころか、高得点の技をだすのも厳しい状態で…滑りだした…一つ、また一つ、何かを確かめるように彼は「飛ぶ」「着地する」「飛ぶ」「着地する」「飛ぶ」…。滑り終わった後、彼はインタビューで「今までやってきたことは無駄ではない…また、『0』からスタート…」と言った」…スゴイなぁ。また、「本気にさせてくれた周りの選手にも感謝」という言葉も残した。
・「金」に最後までこだわったスキージャンパー。メダルに向け、大ジャンプをした後、降りしきる雪の中、無情にも競技は中止となった。そして、その記録もまぼろしと消えた。それはまるで「また次の機会に挑戦するように」とあたかも「天」からの声にはばまれたかのようだった…。きっと、4年後、彼は「スーパージャンパー」になってオリンピックという舞台に戻ってくる。
★まだまだ「感動」が止まりそうもない…後何回、オリンピックが見られるだろうか。人生100年時代であっても、一生で見られる回数は、「単純計算」で夏25回、冬25回。
・だから、この後も「ミラノ・コルテナ」のドラマを見逃すことはできない。う~ん、眠いや。


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