日記 四十二の巻
12月最終週 水曜 大晦日その2 2025年、最後の日の入り前、やさしい冬の夕日が、年内収集日が終わり、タイミング悪く年越してしまった燃えないゴミ袋に反射するなか、ふと『漢字の書き順』について考える
▶家の近くの収集所の「燃えないゴミ」の収集日は水曜日。ゴミ収集日のカレンダーによると、12月31日(水)はお休みになっている。ホンマ、何とかして欲しい。2週間分のゴミ、出すのしんどいで、マジ。
▶中学生に、「飛鳥文化」と板書するとき、「歴史」の授業なら「飛」の書き順は気にすることは、まず、ない。が、中学受験生に「国語」の授業で板書をするとなると、「書き順」には「厳重注意」が必要だ。真ん中の「縦棒」は、「何画目」か…「馬」という字の「一画目」は?「左」と「右」の書き順の違いは?生徒は全員、まるで、試験官のような目で白板を見ている。
▶たまに「帰国子女」の中学生に「英語」や「社会」「数学」の授業で板書中に「センセ、書き順、ちがうくない」などと言われるとさらに、「ぎよっ」と℃(度)は一気に沸点に達する。ある単元を教えるときは、当然、それぞれの教科の周辺知識やネタはテキストにメモってあるが、国語以外の授業で「書き順」には気を使っていない。
▶PCを使用するという理由だけではなく、大人になるにつれ、「略字」や「行書」「草書」などにも触れ、どんどん「書き順」がおかしくなる…少なくとも自分はそうなった。ま、字への「執着」がそれほどなかったからかも知れない。
▶小さい頃、書道を習い、「書初め」で文化院賞を、たまたまいただいたという過去の栄光がちょっぴりある自分ではあるのだが…国語の「四谷大塚のテキスト」は、予習の段階で「読解」の解説の仕方ではなく、「漢字」の「書き順」の書き込みでいつも埋まっていた。
▶書くのも恥ずかしいが、すべて、テキストの内容を解説できるようにしなければ気が済まなかった生意気な20代、予習に明け暮れた。
▶「実況中継」の本が流行った頃、自分の「実況中継」のプリントを作ろうとして、コピー機をいじくりまわしてメッチャ当時の塾長に叱られたことがあった。「実況中継」の本を読んでいるところを生徒に見つかり、「ダメだよ、そんな本読んでちゃ」と生徒に言われ、ほっとけや、コラァと心の中で叫んだ覚えがある。今でも、「日本史」や「世界史」でベストセラーあるやんけ。山口の英文法も当時、画期的やったし、瀬下先生や大矢先生の名前も最初は実況中継で知った。
▶「オリジナルプリント」を作れるようになったのは、色々な参考書や問題集を解き、目を通し、見やすさやページ構成、解説などを研究した成果だ、と信じている。
▶「子供」が「書き順」や「漢字の部首」や「つくり」の意味分らんくなった、っていうけど、子供にしたら、「余計なお世話」かもやで。PCを使うようになった大人も、けっこう忘れとること多ない?
▶そうそう、「うるさい」「だるい」と言われそうやが、「漢和辞典」って、意外とおもろいんやで。
▶いよいよ12月31日やね。自分でうまい『そば』作れる人、天才やと思うで、自分。
▶ほな、来年また会いに来てな。


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